【読書記録】匿名者のためのスピカ(島本理生)......う~ん......意気込みは買うが、チト惜しい (´・ω・`)

匿名者のためのスピカ

匿名者のためのスピカ

法科大学院生の笠井修吾は同級生の館林景織子に、衝撃の過去を告白される。いまでもその彼らしき人物から執拗なメールが届くと怯える景織子を修吾は守ると誓った。交際を始めた二人だったが幸せな日々は突然終わりを告げる。元彼の高橋が景織子の弟に暴行を働き、彼女を連れ去ったのだ。だが実は、景織子は自ら高橋の車に乗り込んでいた。なぜ彼女はストーカーまがいの男と行動をともにするのか?彼女の真意とは?東京から日本最南端の島・波照間島へ、修吾は彼らを追うが…。著者が初めて挑む極限の恋愛サスペンス!

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ちょうどこの単行本が刊行された頃に、ご本人の以下のツイートが話題になった。

正確には芥川賞候補作となった「夏の裁断」の同賞落選を受けてのツイートだったと記憶しているが、タイミング的に本作の宣伝も多少意識しているだろうことも想像に難くなく、そういった意味では非常に興味深く読んだ作品だ。


結論から言うと、良くも悪くも島本理生がエンタテイメント作品として恋愛サスペンスを書くと、こんな小説になるんだろうなぁ......というイメージどおりの作品だった。

実際、エンタテイメント小説としてよく考えられ、練られたストーリーだったと思うが、その反面、島本理生らしさをサスペンスの世界で表現するには、やや仕掛けが目論見どおり機能しなかったような気がしてならない。

本作については彼女はインタビューで以下の通り述べている。

島本 ミステリーにはすごく関心があったんですけれど、自分にできるだろうかと思っていたんです。でも、実際の事件をベースにした、男女の恋愛とか感情のもつれの話だったらできるかもと思い挑戦しました。ただ、連れ去られた女性を主人公にすると、加害者の男性と二人だけの、シリアスで閉じられた話になってしまう。それよりも俯瞰する視点が欲しかったので、その女の子とつきあっている男の人の視点にしました。それで、探偵役を書いてみたいと思って、それならやはり助手役も要るだろうと(笑)。

芥川賞候補となった『夏の裁断』を越えて、エンターテインメント小説に舵を切っていく「決意」――島本理生(1)|作家と90分|瀧井 朝世|本の話WEB

この探偵役、笠井修吾があまりにも善人過ぎるのだ。

物語の大半が、ある意味愚直である修吾からの「俯瞰する視点」で語られるために、その結果サスペンスものとして求められる「緊張感」とか「不穏さ」が上手く醸し出せていない。

そして結局は、本編ラスト数ページと景織子視点で語られるエピローグで、景織子の心の闇が一気に種明かしのように明かされるのは、やや興ざめ感がなくもない。

読み返せば、それぞれに伏線はそれなりにあるのだが、この手の小説はもっと明示的に伏線を配し、それが緊張感や不穏さを高める役割を果たした方が面白い。

そういった意味では、修吾、景織子、高橋、七澤(引用したインタビューにある助手役)の4人の視点を交互に配しながら緊張感を高めていく構成にした方が、エンタテイメント小説としての面白さの面でも、また島本理生の小説らしさという面でも良かったのではないだろうか?

勿論、彼女がエンタテイメント小説一本に絞って活動するという決意の中で、「シリアスで閉じられた話」を敢えて避けた気持ちは理解できるのだが、今回に関してはその目論見はあまり成功していないと私は感じたのである。


特に彼女のファンというわけではなく、読んだのもこれでまだ8冊目に過ぎないが、若くしてデビューした割には、その後も怯むことなく試行錯誤しながらコンスタントに書き続けるその姿勢はとても好感をもって見てきた。

今後エンタテイメントに絞って活動されるというその決意の潔さに敬意を表して、次作以降しばらくは重点的にフォローさせて頂きたいと思う。

【読書記録】屋上のウインドノーツ(額賀澪)......絶賛売出し中の若手新人の佳作

屋上のウインドノーツ

屋上のウインドノーツ

 

   Kindle版 ⇒ 屋上のウインドノーツ (文春e-book)

 

ストレートど真ん中の青春小説。

感情や言葉を上手に切り抜いて、それをわかり易く、面白く、時に感動的に配して表現する技は、若さを感じさせない手練れ感と安定感があって、生きのいい新人が出てきたな......というのが第一印象。

1990年生れの額賀澪は、2015年の第22回松本清張賞を本作で受賞し、同年に第16回小学館文庫小説賞を受賞した「ヒトリコ」を本作と同日発売している。

本書の文藝春秋小学館がタッグを組んで話題づくりをして、若手新人を大いに売り込もうという分かりやすい「あざとさ」がほとばしっていて(笑)、その後も両社から1冊づつ単行本を出している。

ま、本人にとっては大きなチャンスだと思うので、ガンガン書いていい作家に育って欲しい。

本作については、少し厳しいことを言えば、終盤やや物語に勢いがなくなってくのが惜しい。

志音と大志の二人の主人公は最後まで同じ疾走感で走り切らせた方が、この物語は生きたのではないだろうか?

これは構成力の問題で、冒頭に評価した表現力に比し、構成力はまだ伸び代があると言わざるを得ない。

あと主人公たちに恋愛を絡ませるか
否か......これは恐らく作者は確信してこのような選択をしたのだろうが、わたし的にはそうでない選択の方が良かったような気がする。

何れにしても(繰り返しになるが)ガンガン書くことによって、まだまだ伸びる作家だと思うので、是非とも頑張って欲しいと思う。

【読書記録】大川契り(西條奈加)......時代ドラマの復権を願う

大川契り: 善人長屋

大川契り: 善人長屋

Kindle版 ⇒ [asin:B01ER62RHQ:title]

西條奈加の「善人長屋シリーズ」第三弾。

氏のシリーズ物は他に、SFファンタジー系時代小説の「金春屋シリーズ」、現代市井軽ミステリー小説(勝手に造語w)の「神楽坂日記シリーズ」があるが、いずれもまだ2作づつなので、本格的?人情時代小説の本作が今のところ代表シリーズとなるのだろう。

氏の小説はメインとなる時代小説でも、他のファンタジー系や現代ものでも、キホン市井が舞台の人情ものであり、この分野の若手?では今、質・量ともに第一人者だろう。

本シリーズは、善人長屋と巷でよばれながら、実は一人を除いた住人全員が裏稼業を持つという長屋を舞台とした連作短編で、今回も安定した西條ワールドで、何とも言えない良い味を出している。

特にラスト2編の描き下ろしが、やや重めのトーンながら秀逸だ。

若いころは歴史小説は読んでも時代小説なんて見向きもしなかったのだが、最近は時代小説(特に市井もの)が面白く、西條奈加のほか、葉室麟朝井まかてなどがお気に入りだ。(この両氏は歴史小説に近いものも書くが、それらも面白い)

50も半ばともなると、やはりこういう日本人的人情ばなしに共感を覚えるようになるのだろうか。


はなしは変わるが、TVで時代劇の連続ドラマは消滅したとの記事をどこかでみた。

ここ10年くらいドラマ・バラエティの類は一切観なくなった(アニメはたまに観るw)ので、事実かどうかはわからないし、調べてもいないのだが、それに近い状況であることは想像に難くない。

一方CS放送では、時代劇チャンネルが高齢者を中心にとても人気が高いという話も聞くのだが、これは旧作の再放送がメインなので、結局は新しい番組は作られていないという現状には変わらないだろう。

韓流ドラマでは、嫁が夢中になって観ているのを傍でみていると、時代ものもかなり人気があるようである。

大河ドラマに限っては幕末ものや戦国ものは人気があるようなので、江戸時代を舞台とした時代ものにも、ひとつの文化としてぜひ復権して欲しいと、中年日本人として切に願う。

そういった意味では西條奈加の時代ものは、ストーリー的にも若い人にもウケそうだし、人気のの女優さんとかイケメン俳優を配して連続ドラマ化したら、良い作品になるのではないだろうか。

できれば実現してほしいものである。

ダイエットは月平均値で管理しよう♪

昨年の6月1日に、朝食をキホン納豆と味噌汁のみ(ごはんなし)にして、「炭水化物の摂取は昼食のみ」という「ゆる糖質制限食ダイエット」を開始して、先月末でちょうど1年経った。(晩メシは若いころからごはんなし)

ダイエット開始した日を覚えていたわけではないが、Facebook が毎日過去の当日の投稿を教えてくれる「過去のこの日」というのがあって、それで「あぁ1年か.....」と気づいた次第である。

  ⇒ ダイエット宣言日のインスタ投稿

 

一年も前のことで記憶は定かではないのだがw、最初の数ヶ月はダイエットの成果が殆ど現れず、4ヶ月後の10月から体重と体脂肪の記録し始めたら、その翌月あたりから体重も体脂肪も減り始めた.....ような気がする。(要は記録を取っていなかったので、よくわからないというだけの話であるw)

記録をつけるとダイエットの成功度が高まる......というのはよく言われていることである。

  ⇒ ダイエット 記録をつける - Google 検索

 

その結果が以下のグラフである。

まぁ、この7ヶ月については実に素晴らしい成果が見て取れる。

ただこれは、実績を月平均値に均したしたことにより、成果が視覚的にも数値的にも実感できるようになった.....というところがミソなのである。

 

ただ、記録をつけただけではそれは単なる数字の羅列であり、またその日の状況により数値は大きくぶれるので、成果がを実感することができず、モチベーションも上がらない。

 

たとえば以下の左の表は素のデータであり、単なる数値の羅列。

これでは視覚的になんら訴えるものがない。

それでも右の表のように、条件付き書式のカラースケールを活用すると、「おぉ!結構頑張ってるな」的な実感が湧いてくる。

 ただこれだと、視覚的には成果を実感できるものの、数値的な満足が得られない。

要は「◯キロのダイエットに成功!」的なやつが欲しいのだが、体重は例えばチョット水分を摂り過ぎたり数日便秘気味だったり、逆にちょっと脱水気味だったりするだけで1キロ以上ブレてしまうので、急にリバンド的な数値がでると、気分が萎えてしまうのだ。(上の表でいえば、5/12とか5/26)

グラフにしてもこんな感じでイマイチ実感が湧かない。

そこで月平均値の登場である。

月平均値であれば「◯ヶ月で◯キロのダイエットが成功した!」と大きな声で言えるのである。

で、上のデータを月平均値にした表が以下のものである。

 

これならはっきりと7ヶ月で「体重3.4キロ、体脂肪2.7キロのダイエットに成功!」と書ける♪

もう一回冒頭に上げた、上の表をグラフにしたものを再掲してひとり悦に入ってみることにする(笑)

因みに、5月体重が急激に減り体脂肪がそれほど減っていないのは、脂肪でなく筋肉が減少した......訳でなく、体重は主に休日の夕方、風呂上がりに計っているのだが、気候が良くなったのに合わせてビールを美味しく頂くために、汗たくさんかいて水分極力我慢して、長風呂して......って、要は脱水気味の状態で計っていることが多いためである。

したがって5月の体重はややインチキであるのだが、ま、それでも頑張りが視覚的に確認できるのは嬉しいものである。

 

ランニングの方も月150キロ程度と、全盛期の半分ではあるもののコンスタントに走れている。(5月はGWのおかげで久しぶりに200踏めた)(6月は4日現在)

こんな感じでマッタリとダイエットに励み、今年の目標である年末時点(というか、できれば12月の月平均)で体脂肪グロス9kgはぜひ達成させたいものである。

 

【読書記録】死んでいない者(滝口悠生)

死んでいない者

死んでいない者

 Kindle版 ⇒ 死んでいない者 (文春e-book)


第154回芥川賞受賞作......前にご紹介した「異類婚姻譚」と同時受賞した作品である。
tamu2822.hatenablog.com

通夜に集まる親戚たちの一夜を書き綴った、チャレンジングで興味深い作品だが、はっきり言って面白くない(笑)

まず登場人物が多い割にキャラが全く立っていないため、最後まで誰が誰だかよくわからない。

ネットのレビューなどを見てみると、多くの方が読みながら家系図を作ったようで、私も途中同じことを考えた。

しかしながら、それによってこの小説をより深く味わえるような気も全くしなかったので、それはやめた。

もしかしたら映画で映像を通して作品を観たのなら、面白いものになったのかもしれないが、テクストからだけでは私には何も感じ取ることができなかった。

そもそも芥川賞は、このようなあまり一般受けしないチャレンジングな小説を受賞させることが、ままある。

大衆受けしなくても芸術性さえ高ければそれが純文学だと言うのなら、そんな代物を芥川賞の名前で大衆に売りつけてしまう......という構図はちょっと違和感がある。

「もしそれが大衆受けする性格のものでなく商業的に成り立たないものであっても、それが芸術的に価値のあるものであるなら、それはパトロン(≒スポンサー)が支えるべきである」というのが私の予てよりの持論であるが、ニッポンの出版業界は、それが最も成り立っていない芸術分野なのだろう。

ま、この小説に芸術的価値があるとは、全く思わないのだが(笑)

【読書記録】可愛い世の中(山崎ナオコーラ)

面白かったり興味深かったりする小説に関してブログを書くのは、とても楽しい作業だ。

その反面、そうではない小説について書くのは、とても気が重たい。

ならば書かなければ良い......というのが常識的な考え方なのだろうが、今年は「100冊読んで全てブログに読書記録を残す」というノルマを自分に課してしまっているので、そこは致し方ない。

そもそもこのブログで「本を読んで思ったこと」を記事にするにあたって、素人がプロの作品に対して「評価」するなんて、非常におこがましいのではないか?という思いがいつもある。

そこら辺りの躊躇が、この一連の記事が「書評」でも「感想」でもなく「読書記録」という「逃げ」の表現になっている所以でもある。

とはいえ実際は結構好き勝手なことを書き綴っている自覚はあるのだが、それでも期待している作家が迷走しているのを見るのは結構辛いものがある。

可愛い世の中

可愛い世の中

山﨑ナオコーラのこの作品も、そんな思いにさせられてしまう一冊だ。

「ここ最近の迷走」と言えるほど全ての新作を読んでいる訳ではないが、「昼田とハッコウ」「太陽がもったいない」「ボーイミーツガールの極端なもの」に続けてこれを読んだ上での感想。

「ぶす」で面倒くさい「私」と、稼ぎは悪いけど人の良い婚約者(夫)......その関係性に於いて、作者の実生活ををも連想させとともに、近著に(直接的でなくとも)共通したワールドがある。

一言でいえば「確信犯的な面倒くささをカッコいいと思っちゃってる面倒くささ」が辛い.....というか、なかり食傷気味である。

また(本作から見て)前作の「ボーイミーツガールの極端なもの」と共通したキーワードとして「多様性」があるのだが、「多様性」の本質的な意味を明らかに履違えている。

ここまでくると「編集」の責任も重いと思うのだが、それなりにファンがいる現状を踏まえると、編集者たちはこれを是としているのだろうか?

彼女が今後大きな賞を取ったり、作家として大成していくためには、もうひと皮ふた皮剥けなければと思うのだが.......

【読書記録】朝が来る(辻村深月)

朝が来る

朝が来る

キンドル版 ⇒ 朝が来る (文春e-book)

不妊治療と特別養子縁組を通じて、親子関係(と夫婦関係)をテーマに描き上げた、辻村深月の意欲作。

「書くことに意義があると感じた」テーマを、チャレンジングに書いたことは大いに評価できるし、いま大いにアブラのっている若手作家だけに、期待を裏切らない作品に仕上がっている。

ただ彼女の実力の割にイマイチ物足りなさを感じるのは、いかんせん若さと経験不足によるものなのだろうか。

例えば佐都子と朝斗、ひかりと朝斗という両親子の関係性に比べ、もう一つ重要な筈であるひかりとその母親との関係性にリアルさが感じられない点。

ひかりの母親は名前さえ与えられず、ステレオタイプな毒親としてしか描かれるのみである。

そこに厚みを与えることにより、更にひかりの人物像にも深み出てくる筈なのだが、年齢的にその視点に思い至ったり、そこを慮ったりすることは難しいのかもしれない。

また感動的なエンディングについても、例えば映像化された映画などであればこれもまた効果的なのだろうが、小説としては(彼女の作風を考えると)エピローグを加えるなどしてもう少し丁寧に書いた方が、完成度(というか納得感)が高まるだろう。

個人的にとても期待している作家なので、少し辛口になってしまったが、次作がまた楽しみでもある。