【読書記録】ニセモノの妻(三崎亜記)......三崎亜記が熱い悲しみを描いた名作

ニセモノの妻

ニセモノの妻

妻――それはいちばん近くて、いちばん不可解なアナザーワールド。「もしかして、私、ニセモノなんじゃない?」。ある日、六年間連れ添った妻はこう告白し、ホンモノ捜しの奇妙な日々が始まる……。真贋に揺れる夫婦の不確かな愛情を描く表題作ほか、無人の巨大マンションで、坂ブームに揺れる町で、非日常に巻き込まれた四組の夫婦物語。奇想の町を描く実力派作家が到達した、愛おしき新境地。

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三崎亜記の新作は、夫婦をテーマにした4作からなる短編集。

もちろん三崎亜記なので、普通の世界の夫婦を描く訳もなく、4編とも不条理な世界で真面目に暮らす人々(本作の場合夫婦)を大真面目に描く、いつもの三崎ワールド。

ただ今回は4篇それぞれに違う趣があり、また表題作以外にも力作が多いので、それぞれについて簡単に触れさせていただくこととする。

一作目の「終の筈の住処」については......う~ん、ごめんなさい。 分譲マンションの管理に関する作者の理解に明らかな誤認.....というか知識不足(具体的には管理組合と自治会の違い、決議の手続きなど、要は区分所有法等について)があって、それが気になって物語に集中できなかった。

多くの人にとってはどうでも良いことなのだろうが、人それぞれなんかの弾みで看過できなくなるものがあるのは仕方のない。

ただ他作品に比べ不条理度合いは軽い分、日常世界の中でいつでも起こりうるかもしれない.....という部分で、不穏な後味の残る良作だ。

二作目は表題作の「ニセモノの妻」。

本作は三崎作品にしては珍しく「奇妙な味」系のややブラックな味わいの作品。

こういう味わいの短編で一冊まとめると、また面白い作品ができるかもしれない......と思わせる、氏の新境地。

三作目「坂」は、三崎亜記の一丁目一番地的な不条理世界を大真面目に書いた作品。

この設定のまま長編に展開しても面白そうだが、読者にそう思わせてしまうのは、短編としてはやや煮詰め方が足りないのかもしれないが、ラストはなかな素敵である。

そして最後の「断層」.....これは不条理というよりSF的な設定の中で、バカップル的夫婦を描くのだが、三崎作品でこれほど泣かされたことはない。

本作について何かを書けば、それはネタバレになってしまうので何も書かないが、クール な味わいの多い三崎作品のなかで、これほど熱い悲しみを描いたものは珍しい。

ちなみにこのバカップル夫婦、モデルは三崎氏のご家庭だそうである。

余談ですが、「断層」に出てくる夫婦は、そのまま私と妻をトレースしたところがあります。今はもう消してしまっているのですが、以前、私がやっているとは明かさずに、自分の夫婦生活についてのブログを書いていたことがあったんです。そこに書いた文章をどこかに残しておかないともったいないなと思って、「断層」の中で使っています。だから、夫婦の会話の場面などは、まるっきり私の日常会話だったりします。

"『ニセモノの妻』著者 三崎亜記さん bestseller's interview 第79回"より引用

ま、勝手にしてくれという感じであるが、紛れも無い名作なので、ぜひご一読をお勧めしたい。