【読書記録】EPITAPH東京(恩田陸).......恩田陸マニア以外にはあまり面白みのない作品

EPITAPH東京

EPITAPH東京

  Kindle版 ⇒ EPITAPH東京 (朝日新聞出版)

東日本大震災を経て、東京五輪へ。少しずつ変貌していく「東京」―。その東京を舞台にした戯曲「エピタフ東京」を書きあぐねている"筆者"は、ある日、自らを吸血鬼だと名乗る謎の人物・吉屋と出会う。
吉屋は、筆者に「東京の秘密を探るためのポイントは、死者です」と囁きかけるのだが...。
将門の首塚天皇陵...東京の死者の痕跡をたどる筆者の日常が描かれる「piece」。徐々に完成に向かう戯曲の内容が明かされる作中作「エピタフ東京」。吉屋の視点から語られる「drawing」。
三つの物語がたどり着く、その先にあるものとは―。これは、ファンタジーか?ドキュメンタリーか?「過去」「現在」「未来」...一体、いつの物語なのか。ジャンルを越境していく、恩田ワールドの真骨頂!!
EPITAPH東京 | 恩田 陸 | 本 | Amazon.co.jp より

作中戯曲(エピタフ東京)の"筆者による東京を中心とした都市をめぐるエッセイ的な部分(白い紙のページ)に、"吉屋"の独白的な部分(緑の紙のページ)と、戯曲としてのエピタフ東京の部分(紫の紙のページ)が所々に挿入される形式の、ある意味人気作家の意欲的挑戦作?的な小説?だ。

だがしかし、端的に言ってこの作品で作者が何を表現しようとして、それが作者的に成功したのか否かさえも想像し得ない....そう言わざるを得ない作品だ。

白い紙のページ = 都市をめぐるエッセイについては、なかなか読ませる部分もあるが、東京に土地勘のない人間が読んだら、面白さは半減だろう。(そういう意味では、映画「君の名は。」もそういう部分もあるかも)

緑と紫のページに関しては、前述のとおり何を目的としてこのような構成をとったのか、はっきり言って意味不明。

そしてラス前でゴジラ登場の無茶振りのあと、比較的味のあるラスト(紙の色は白)で〆たと思ったら、またまた何故ここでこれを書かねばならないのか???的なエピローグ。

申し訳ないが、恩田陸マニア以外にはあまり面白みのない作品だと言い切って問題ないと思う。

【読書記録】ドール(山下紘加).....装丁に騙された(笑)......が

ドール

ドール

  Kindol版 ⇒ ドール

僕はユリカを愛していたんです。愛なんです。先生とか、クラスの連中には、わからない愛。僕は真剣でした。真剣なことを、気持ち悪いなんて言わないで欲しい。時代を超えて蠢く少年の「闇」と「性」への衝動。
第52回文藝賞受賞作。
ドール | 山下 紘加 | 本 | Amazon.co.jp より

うーん.....これは重たい。

正直に言って装丁に騙された(笑)

性的嗜好の多様性は基本的には認めるし尊重する。(「性的嗜好」と「性的指向」は全く意味が違うので要注意!)

「狂気」や「心の闇」を描く小説も好きだ。

ただ上記に加え、「サイコパス」「中学生」「いじめ」などのワードが絶妙な加減に絡んできて、なんとも陰湿な小説となっている。

因みに作者は1994年生まれの弱冠21歳の女性......こういうストレートで容赦無い描写は若い女性ならではのものかもしれない。

氏のインタビューも興味深い。 magazine.moonbark.net

もちろん文藝賞受賞作だけあって、その筆致は確かなものがあり、決して奇をてらっただけの作品ではない。

読者に阿らない骨太の作品に、彼女のような若い作家が挑む姿勢は気持ちいいし、それを世に知らしめる意味で、純文小説にとって「賞」の存在はつくづく大事だと思う。

また違ったタイプの小説も読んでみたく、今後大いに期待のもてる新人の登場である。

【読書記録】虫たちの家(原田ひ香)......核心部分でやや書き込みが弱いところもあるが、新境地を拓く意欲作

虫たちの家

虫たちの家

  Kindle版 ⇒ 虫たちの家

傷ついて、さらされて、私は名もなき虫となる。ここに生きる覚悟でーー
島にある「虫たちの家」は、ネット社会で傷つけられた女性たちが名を捨てひっそりと共同生活をしている。古参のテントウムシは、美しく奔放なアゲハが村の青年たちに近づく企みを知り不安になる。『母親ウエスタン』で注目の作家が描く書下ろし長編。
虫たちの家 | 原田 ひ香 | 本 | Amazon.co.jp より

上の引用にある「ネット社会で傷つけられた女性たち」は、「ケ●●バーガー事件」とか「三鷹ストーカー事件のリベンジポルノ」とかがモデルになっていて、また典型的なサークルクラッシャーが出てきたりで、作者のネットウォッチャー振りが垣間見えてニヤリとした。

それはともかく、本作はシリアスなミステリー調の作品で、今までの原田ひ香にはあまりなかった作風であり、緊張感を保ちながらグングンと読み進められる、手応えのあるなかなかの秀作である。

物語は主人公の視点の他に、もう一つ主人公の幼少期を思わせる「謎」の視点の二つから進められる。

その「謎」が明かされるくだりがお話のクライマックスなのだが、それを既知のものとして全体を俯瞰し直すと、「謎」であった部分の動機やその人物のキャラ付けがやや弱い。

「その人は病んでしまったのだ。」......残念ながら、それは事実の説明でしかない。

そこにある狂気や心の闇を(手法は様々あれど)描き上げるのが小説の一つの醍醐味である。
本作の核心となる部分であり、もう少し深く描いていれば、氏を代表する傑作になった可能性を感じるだけに残念である。

しかし作者が新境地に果敢に挑戦した姿勢は買うし、その結果としての作品についても、全体としては十分に及第点以上の面白い小説だといえる。

前も書いたが注目している作家の一人なので、次作にも大いに期待している。

tamu2822.hatenablog.com

【読書記録】早春賦(山口恵以子)......後半の視点チェンジは悪手では?

早春賦

早春賦

  Kindle版 ⇒ 早春賦 (幻冬舎単行本)

明治維新後、金貸業から事業を拡大させた大堂家の娘・菊乃は、身分違いの伯爵家に嫁ぐ。そこで待ち構えていたのは、歌舞伎より能を、世界情勢より貴顕社会の噂話を好み、欲望と快楽に耽る一家だった。生家との違いに驚き、爛れた伯爵家の闇の深さを知った菊乃は、持ち前の負けん気が顔を出すのを感じていた…。女性の権利が認められなかった激動の明治時代、旧弊な価値観はびこる格式張った家に、菊乃が新時代の風を巻き起こす!
早春賦 | 山口 恵以子 | 本 | Amazon.co.jp より

社員食堂のおばちゃん作家として有名な山口恵以子氏の作品はこれが初めて。

好きなジャンルと少し離れた作品が多かったので、これまで読むきっかけがなかった。

日経新聞の夕刊のエッセイ欄(プロムナード)の火曜日を今年の1月から半年間担当していたものを読み、この作家の書く小説はきっと面白い......と思い手にしたのが本作である。

結論として「一気読み」させるだけの勢いと筆力を感じさせる、かなりの佳作であった。

特に前半における主人公・菊乃の魅力的なキャラ設定と物語展開の痛快さは流石であると感じた。

ただ後半はその痛快さが影を潜め、反対に昼ドラ的なドロドロ・バタバタした展開になるのが少々惜しい。

基本的には菊乃の一代記にもかかわらず、後半は娘の早紀子(正確には亡くなった夫が菊乃の右腕的な使用人に産ませた子......そんな鬼畜的な話が盛りだくさんw)視点の物語になっているのも、小説的勢いが失われてしまった一因なのだろう。

作者のインタビュー記事によれば、むかし漫画家を目指していた頃、娘・早紀子を主人公にした物語を書いていたとのことなので、なにか拘りがあったのかもしれないが、結果的には悪手だったと思う。

とは言え冒頭に書いたとおり、十分に面白い作品ではあったので、今後他の作品も読んでみたいと思う。

【読書記録】ファミリー・レス(奥田亜希子)......ここまでのベスト、次の長編が楽しみ

ファミリー・レス

ファミリー・レス

  Kindle版 ⇒ ファミリー・レス (角川書店単行本)

姉と絶縁中のOLと、ルームメイトの毒舌女子。怒りん坊の妻と、そんな彼女を愛しているけれど彼女のかぞくに興味を持てない画家の夫。バツイチのアラフォー男性と、妻に引き取られた娘。ほんとうの親子になりたい母親と、姉の忘れ形見の少女。同じ屋根の下で暮らす女ともだちや、ふたつきに一度だけ会う親子。家族というには遠すぎて、他人と呼ぶには近すぎる――単純なことばでは表せない現代的な"かぞく"の姿を、すばる文学賞受賞新鋭が切り取りました。瀧井朝世、豊崎由美東えりかなど本読みたちが大絶賛! 紡がれるひと言ひと言が心を揺さぶる、感涙必至の短編集。
ファミリー・レス | 奥田 亜希子 | 本 | Amazon.co.jp より

日経の書評欄北上次郎が高評価つけていたので手にとった一冊。

初めての作家さんだけどなかなかの力作だ.....なんて思いながら巻末の著者略歴を見たら奥田亜希子さん、すばる文学賞を受賞した「左目に映る星」も、次作の「透明人間は204号室の夢を見る」も読んでいた.......申し訳ない m( )m

自分にとってでは、前2作は作者の名前を覚えられない程度の印象だったのだろうが、そんな事実に少し驚きを覚える程、今回の短編集は面白かった。

本作の登場人物は、不幸、もしくは不幸まではいかなくても現状に不満ややるせない思いを抱いている人達だ。

その彼ら彼女らが見出すささやかな希望や救い、そして許しを、ウェットになり過ぎない距離感を保ちながらも、包容力豊かに描き上げる。

心情の機微を切り出すその上手さが、今回短編という形において特に際立ったのだろう。

とは言え前2作に比べて小説家としての力量は、分かりやすいレベルで上がっていることがうかがえるので、次の長編がとても楽しみだ。

【読書記録】ママがやった(井上荒野)......登場人物のクズっぷり堪能する痛快な作品

ママがやった

ママがやった

  Kindle版 ⇒ ママがやった (文春e-book)

ママはいいわよべつに、刑務所に入ったって

小料理屋の女主人百々子七九歳と若い頃から女が切れない奇妙な魅力をもった七つ年下の夫。半世紀連れ添った男を何故妻は殺したのか。

ママがやった | 井上荒野 | 本 | Amazon.co.jp より

人間だれしも潜在的に「クズ」であり、また「クズ」なりきりたい願望をもっている。

しかしながら、社会生活を差障りなく送るために仕方なく、分別を持ったマトモな人間のフリをして暮らしているのだ。

......と書くと、一部界隈から「主語が大きい」と叱られるので、一旦は主語は「私は」に訂正しておく。


この8編からなる連作短編集の登場人物の殆どが「人間のクズ」であり、本作を一言で表すとしたら、その見事なまでのクズっぷりを堪能する作品である。

亭主を殺した母親がその亭主と所帯をもった経緯、定職もなく浮気を繰り返す亭主のいい加減さ、5回だったか6回だったか覚えていない長女(何が「五、六回」なのかは読んでのお楽しみ......わたしはこの題名に仰け反ったw)を始め、クズな人物のクズなエピソードのオンパレード。

最後はそのクズな家族が集まっての最高にクズな結末。

これを痛快と呼ばずになんと呼ぶのだろうか。まさに井上荒野の真骨頂である。


ところで、最近巷にあふれる「登場人物に共感できませんでした」といってその作品を「つまらない」と決めつける、所謂「共感厨」(←思い付きの造語w)は、読書の楽しみの半分を放棄しているのではないかと、かねがね思っていた。

しかしながら人生経験が豊富ではなく、挫折を知らず、未来が夢と希望に溢れている若者にっとっては、それも仕方ないのかと、最近は思うようになってきた。

全ての若者がそうではないにせよ、この作品も(予想どおり)そういう感想が多かったので、ふと思ってみた次第である。


いや待てよ......この作品を文句なしに面白いと感じている私は、実はクズに共感しているのかもしれない。

......と考え、本記事冒頭のテクストに戻る。

やはり読書は面白い。

【読書記録】ニセモノの妻(三崎亜記)......三崎亜記が熱い悲しみを描いた名作

ニセモノの妻

ニセモノの妻

妻――それはいちばん近くて、いちばん不可解なアナザーワールド。「もしかして、私、ニセモノなんじゃない?」。ある日、六年間連れ添った妻はこう告白し、ホンモノ捜しの奇妙な日々が始まる……。真贋に揺れる夫婦の不確かな愛情を描く表題作ほか、無人の巨大マンションで、坂ブームに揺れる町で、非日常に巻き込まれた四組の夫婦物語。奇想の町を描く実力派作家が到達した、愛おしき新境地。

ニセモノの妻 | 三崎亜記 | 本 | Amazon.co.jp

三崎亜記の新作は、夫婦をテーマにした4作からなる短編集。

もちろん三崎亜記なので、普通の世界の夫婦を描く訳もなく、4編とも不条理な世界で真面目に暮らす人々(本作の場合夫婦)を大真面目に描く、いつもの三崎ワールド。

ただ今回は4篇それぞれに違う趣があり、また表題作以外にも力作が多いので、それぞれについて簡単に触れさせていただくこととする。

一作目の「終の筈の住処」については......う~ん、ごめんなさい。 分譲マンションの管理に関する作者の理解に明らかな誤認.....というか知識不足(具体的には管理組合と自治会の違い、決議の手続きなど、要は区分所有法等について)があって、それが気になって物語に集中できなかった。

多くの人にとってはどうでも良いことなのだろうが、人それぞれなんかの弾みで看過できなくなるものがあるのは仕方のない。

ただ他作品に比べ不条理度合いは軽い分、日常世界の中でいつでも起こりうるかもしれない.....という部分で、不穏な後味の残る良作だ。

二作目は表題作の「ニセモノの妻」。

本作は三崎作品にしては珍しく「奇妙な味」系のややブラックな味わいの作品。

こういう味わいの短編で一冊まとめると、また面白い作品ができるかもしれない......と思わせる、氏の新境地。

三作目「坂」は、三崎亜記の一丁目一番地的な不条理世界を大真面目に書いた作品。

この設定のまま長編に展開しても面白そうだが、読者にそう思わせてしまうのは、短編としてはやや煮詰め方が足りないのかもしれないが、ラストはなかな素敵である。

そして最後の「断層」.....これは不条理というよりSF的な設定の中で、バカップル的夫婦を描くのだが、三崎作品でこれほど泣かされたことはない。

本作について何かを書けば、それはネタバレになってしまうので何も書かないが、クール な味わいの多い三崎作品のなかで、これほど熱い悲しみを描いたものは珍しい。

ちなみにこのバカップル夫婦、モデルは三崎氏のご家庭だそうである。

余談ですが、「断層」に出てくる夫婦は、そのまま私と妻をトレースしたところがあります。今はもう消してしまっているのですが、以前、私がやっているとは明かさずに、自分の夫婦生活についてのブログを書いていたことがあったんです。そこに書いた文章をどこかに残しておかないともったいないなと思って、「断層」の中で使っています。だから、夫婦の会話の場面などは、まるっきり私の日常会話だったりします。

"『ニセモノの妻』著者 三崎亜記さん bestseller's interview 第79回"より引用

ま、勝手にしてくれという感じであるが、紛れも無い名作なので、ぜひご一読をお勧めしたい。