【読書記録】軽薄(金原ひとみ)

軽薄

軽薄

十代の終わりに、ストーカーと化した元恋人に刺された過去を持つカナ。29歳のいま、裕福な年上の夫と幼い息子、仕事での充足も手にし、満たされた日々を送っていた。そこに、アメリカから姉一家が帰国。未成年の甥から、烈しい思いを寄せられる。危うさを秘めた甥との破滅的な関係は、彼らと、彼らを取り巻く人々をどこに運ぶのか。―空虚への抗いと、その果てにある一筋の希望を描く渾身の長篇小説。
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平成12年『マザーズ』以来の、金原ひとみ久々の長編。

この『マザーズ』は紛れもない傑作だと思った( このエントリの最後に当時書いたレビューを引用しておく)のだが、その後上梓された短編集2編が色々と微妙だったので、本作は個人的にはとても注目していた。

実際本作は期待に違わず、主人公カナのある意味ドライな世界観を通して描かれる、リアルかつ緊迫感溢れる筆致は、流石だと認めざるを得ない。

だがしかし終盤、物語が動き始めると、その筆致に乱れが感じられてしまったのは残念だ。

特に最後の主人公の選択......ジャンル的には純文学なので、これはこれで十分に「あり」なのだが、前半のクールかつドライな世界観からするとやや唐突感は否めない。

特にその決断の大きな判断要素の一つが、夫の不貞(疑い)というもの、純文的にはなんか『コレジャナイ』感が拭えないのである。

それなしに主人公の最後の選択に納得感(共感である必要はない)を読者に与えることが出来たなら、何倍も豊かな純文小説になっていたと思う。

そうすると、もしかしたら題名も『軽薄』ではなく、別のものになっていたかもしれない......と考えると、作者がこの作品で表現したかったものは、いったい何だったのか?......という、残念な結論になってしまった。

次作に期待する。

金原ひとみはデビュー作かつ芥川賞受賞作の『蛇にピアス』を、受賞時の文芸春秋で読んで以来なので7年ぶり。
当時は、人によってはグロテスクに感じるかもしれない世界を、あまり上手くない文章で書いてる割には、チョッと光るものはあるかな.....でも長続きはしないだろうなぁ....ぐらいの感想だった。
.....で、今回ははっきり言って「傑作」である。
「人によってはグロテスクに感じて嫌悪感を持つだろうなぁ…」ってのはあい変わらずだし、「あんまり上手くない文章」ってのは、私はだいぶ上手くなったと思うが、そう思わない人も多いようだ。
しかしこの小説には明らかに人を引きずり込む迫力があり、そしてそれは小説家として成長した彼女の力量なのだろう。
出産、育児がテーマの割りに、主要登場人物がヤク中の小説家とか、不倫の子を身籠るモデルとか、幼児虐待の専業主婦とかのやや極端な人々であったり、その彼女達がこれでもかと思うくらい救いようのない状況に陥ったりで、万人が楽しめる内容ではない。
重ねて、そもそもボリュームがある上に、比較的改行のが少ない文体が、軟弱な読者を遠ざけているのは否めない。
それでもやはりこれは紛れもない「傑作」であり、8年前のデビュー時に比べ格段に成長した若手作家を、素直に称えたいと思う。
まぁ子育てなんか殆ど終わってしまった50過ぎのオッサンが読んでも、今更なんの役にも立たないのだが、20年近い昔の嫁さんに「無神経でした、ごめんなさい」と言っておこう....心の中で。